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孫正義から学んだ経営哲学。アイスリーデザインの芝CEOが挑むプロジェクトとは

野村総研、ソフトバンクグループ会社の役員を経て起業した芝陽一郎氏に、当時の秘話や、現在株式会社アイスリーデザインにて取り組んでいるスマートフォン事業について伺った。

目次

・ネットバブル崩壊時のソフトバンクグループを振り返って

・アイスリーデザインが挑むプロジェクト

・スマホ対応に着目した経緯

・終わりに

(読了 4分)

 

アイスリーデザインの芝CEO(画像・略歴は会社HPより)

CEO 芝 陽一郎(Shiba Yoichiro)

野村総合研究所にて金融機関向けのシステムコンサルティング業務に従事後、ソフトバンクグループにて海外ベンチャーキャピタルとの折衝、投資案件のデューデリを担当。当時ソフトバンクグループ会社内の最年少役員。その後、一部上場企業を対象に投資事業ポートフォリオ再編、バイアウトのアドバイザリー業務を提供、複数のIT企業の役員歴任。早稲田大学人間科学研究科修士課程終了。ロータリー財団の奨学生としてドイツBielefeld大学にて社会哲学専攻。渡航国36カ国120都市。

ネットバブル崩壊時のソフトバンクグループを振り返って

−芝CEOにとって、孫さんとはどんな人でしょうか?

 

 とても厳しい人ですよ。

 

−そうなんですか!?

 

 名経営者というイメージ以上のものは、なかなかテレビからは伝わらないですよね。実際、無理難題と思えるような要求が度々あったりします(笑)

 

−「来週までにコレ!」なんてことも、あったりするのでしょうか?

 来週、来月だとしたら天国ですよ。「それ、いつまでですか?」と聞いたら、「明日の朝6時までに。」とか(笑)。

 

2000年頃のソフトバンクグループはそんな感じでしたね。今、通信事業であれだけのポジションを取っていますが、ネットバブルが崩壊した際には、20兆円あった時価総額は2000〜3000億円まで減ったこともあったんです。

 

※当時の状況として参考になる記事がこちら:PRESIDENT 2011年3月7日号「ITバブル崩壊で株価が100分の1に。ネット事業撤退か」

 

−当時、ソフトバンクグループのどの領域をやられていたのでしょうか?

 

 その頃の僕は、いわゆるグループ内部を整理する人でした。ソフトバンクグループの30年間の歴史の中でリストラがなかった裏には、僕らが企業同士を合併させたりと、色々走り回っていたという背景もあったりします。

 

−ぜひ聞かせてください!

 

 ちょっと大げさな表現になるかもしれませんが(笑)。……そうですね。ネットバブル崩壊当時、ソフトバンクグループは生き残るために必死でした。まさに死屍累々。もちろん自分から会社を去る人もいたわけです。

 

−……当時はどんな思いで、奔走されていましたか?

 

 バブル崩壊の最中、自分の周囲が感じていたことは、「どんなことのために会社があって、仕事をしているのか」が怪しくなっていたことです。頑張るにしても、「結局、これは時価総額を上げるためにやってるのか……?」という風に考えてしまう。そうなると、働いている意味を見失ってしまうじゃないですか。

もっと社員にやさしい、働き甲斐のある会社にしなくては、と当時は考えていましたが、今思えばあの頃の孫さんも経営者として常に正しくありました。なぜかというと、社員に優しいだけの会社は、無くなっていく会社が多いんです。

 

−バブル崩壊を乗り越えるために必要な、正しい厳しさということでしょうか。

 

 はい。当たり前の話ですが、経営者の責任はとても大きいものです。

社員が入社すれば本人の経歴にはその会社が入るわけで、会社は大きくなるか、有名になるか、はたまた無くなるか。会社が無くなれば、本人の職務経歴からも消える、となるわけじゃないですか。

 

経営者にとっての「厳しさ」というものは、綺麗事を言うだけで何も大成できないよりは、目的を遂行するためにやれることはすべてやるということも、時には大切であるという姿勢の表れなんです。

 

その厳しさを孫さんは徹底的にやっていたし、今の成長に繋がっている。それこそが、僕がソフトバンクから学んだ経営哲学ですね。

 

アイスリーデザインが挑むプロジェクト

芝氏がCEOを務める株式会社アイスリーデザインでは、ECサイトなどのモバイルサービスを提供する企業向けの支援サービス「GOMOBILE」を主幹事業とし、 Webシステムのモバイル対応クラウドサービス「flamingo」やプッシュ配信エンジン「ZEBRA」、既存サイトのAMP対応HTML変換「Rabbit」など、様々なソリューションをクライアント企業に提供している。

 

 「flamingo」はフロントエンド、つまり見えているところだけをバックエンドと切り離して、開発・運用することができるクラウドサービスです。顧客のほとんどは大手企業ですね。

Webシステムが大規模・複雑な仕組みだと、スマートフォン対応しようだとか、UIを変えようにも色々と大変じゃないですか? 「flamingo」を利用することで、比較的自由にレスポンシブ対応・デザイン変更が可能なのです。

 

−芝CEOのアイスリーデザインが展開する「GOMOBILE」では、他にも様々なサービスを提供されていますね?

 

 はい。例えば、「ZEBRAはプッシュ通知をコントロールするCRMです。そういった具合で、アイスリーデザインでは企業の様々な利用シーンに応じて、プロダクトを分けていますね。

 

スマホ対応に着目した経緯

−なぜ、スマホ対応を中心とする事業に至ったのでしょうか?

 

 5、6年前になりますが、はじめは中小企業向けのSEOサービスを提供していました。売れ行きが芳しくない中で、当時の営業社員達から「クライアントはPCサイトをスマホでも対応させたいらしい」という声を集めたことがきっかけです。

flamingoを活用し、マルチデバイス対応を容易に

 

−そういった仮説を元に、どのように進めていかれましたか?

 

 スマホ対応のニーズとマーケットの存在に確信を持ったのは、プレスリリースの反響が大きかったことが一番の要因でした。

スタートアップだと、売り込みに行ったとしても、信用がなく売れないので、基本的にインバウンドセールスになる。向こうからお問い合わせがないと利用してもらいづらいので、大変ですよね。

 

−当時、スマホ対応で競合はいましたか?

 

 それがいなかったんですよ。プロダクトがまだない段階から、「スマホ最適化はじめます」というプレスリリースを出しただけで大手企業から反響があり、たくさんのお問い合わせがありました。

先見の明というわけではないけれども、顧客の声をしっかり聞くことができた結果かもしれません。

顧客の声を聞くために、アイスリーデザインでやっている取り組みの一つとしては、アプリなどの受託開発があります。自社サービスの売り上げが全体の8割、受託開発は残りの2割になります。

受託開発を行う理由は明確で、企業の色々な声を聞いて、新しいプロダクトのアイデアを生み出すためにやっています。

自社サービスという聞こえは良いですが、そのサービスがずっと売れるかといったらそうではない。きちんと市場のニーズに気を配るために取り組んでいます。

 

終わりに

アイスリーデザインのメンバー

経営者にとっての厳しさ。芝氏がソフトバンクグループで培ったものはアイスリーデザインで活かされている。変化の早いこの時代に、モバイルビジネスの最前線で世の中へ価値を提供し続けている。

例えば、2016年2月末にGoogle検索に対応したAMP(Google・Twitter共同開発)について、アイスリーデザインが公開した「AMP(Accelerated Mobile Pages)徹底攻略ガイド」では、自社サイトのAMP対応を検討している方などに向けて情報を提供している。

また、アイスリーデザインが提供するAMP対応HTML変換「Rabbit」では、既存サイトの改修なしでAMP対応が可能である。

そのように、モバイルに関する技術変化に徹底的に追走することで、クライアント企業のニーズに応え続けている。

 


 

 

会社HP:https://www.i3design.jp/

株式会社アイスリーデザインのミッション

ビジネスを通して多くの人を笑顔にすること

世の中の流れが早く、先を予測しづらい時代においてもITにはベンチャーからスタートしてもビジネスを大きくグロースさせられる夢があります。我々は、このIT業界においてビジネスとしてやることが、世の中の為になること、かつ継続性をもって成長できることが大事と考えています。

その為に、我々は技術とデザインを武器にサービス開発と提供、それに最新の技術とUXデザインの観点からクライアントのパートナーとしてITを使ったビジネスの実現をサポートさせて頂いています。

技術とデザインの力で、ビジネスそのものをデザインする。 “i3DESIGN”という社名には、そんな想いが込められています。

会社HPのOur Missionより

by
芝浦工業大学卒。在学中は建築学専攻。 在学中には大学広報冊子の編集長を勤めながら、インターンでWeb系の新規事業に携わり、その中でスタートアップ・ベンチャーの魅力を知る。 より多くの人にその魅力を発信するために、取材活動に取り組んでいる。
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